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恋愛観(1)

おそらくこの歳までロクな恋愛をしてない理由の1つに他人とのズレがある、はず。中学2年の頃、性教育(直球)の時間があった。そこで「どんな人がタイプ?」っていう時があって、ぼくは「議論ができる人」と答えた。みんなから
、「喧嘩してまうやん」、「幸せそうじゃない」など言われ、賛同は全く得られなかったことを今でも覚えている。当時のぼくはそれに反論する語彙も、人生経験も持ち合わせていなかった。だけど今なら、この問題に少しは向き合えるんじゃないか。今回は、そういう話。
そもそもどういう意味で"議論"と言ったのだろう。正直やべえ中学生だと思う。まあ、こういうことだろう。真剣な話し相手が欲しかったのだ。当時中2のぼくの周りには、はっきり言ってクソみたいな奴らしかいなかった。ヤンキーを筆頭に、自分を守るためにヤンキーの味方をする優等生の仮面を被った腐った根性たち、そして脳みそ空っぽな女の子たち。脳みそ空っぽっていうのは、自分を持ってないということね。中学生だし当たり前かもしれないけど、そうじゃなかった自分にとってはかなりいづらい環境だった(ヤンキーに「この産業廃棄物が!!」と言い放ってた。やべえ)。そのこともあって、俄然真剣な話もできなかった。人生における不安なこととか、楽しいこととか、世の中の不思議なこととか、そんなことを話せる女の子がいたらなあ、ってその時は思ったのだ。まあ、誰もいなかったわけだけど。
そして高校生になり、そういう話をできる人たちが何人かできた。自分にとってそれはすごく幸せなこと。まあ彼女じゃなくて親友なんだけど。
大学生になるとさらに増えた。すごい年上の人もいる。でもこれはそういう環境を追い求めて大学受験をして、自分にあった環境を勝ち取ったからだろう。人は人生の価値を高めるために受験勉強をするのだ。
さて、この考え方、いまも全く変わっていない。ぼくの彼女には常に思慮深くあってほしい(ぼくにというより、世間に)し、多感であってほしい。いろいろなことを感じて、心を痛めてほしい。それを共有するのが楽しいのだ。クソめんどくせえ男やな。おすすめせんわ。
ただ、そういうのが豊かな人生だと、ぼくは思うのです。なんの考えもなしに一緒にいることは、多分できない。