GReeeeNとファンモンとナオトインティライミとゆとり教育

"明日 今日よりも好きになれる" わかる。"溢れる想いが止まらない" わかる。"今もこんなに好きでいるのに" ん?"言葉にできない"んんん??

というわけで、今回はGReeeeNというか、その手のアーティストの曲を聴いた時に思うことについてだ。まあ上の歌詞に関しては、"好き"の対象が突然明日→君(言外で)に変わってるのが都合いいなオイ、っていう話。まあGReeeeN、ファンモン、ナオトインティライミあたりの音楽に同じ匂い感じないですか?ぼくは感じます。

ある人は、この手のアーティストを"押し付けがましい"といった。ぼく的には全くもってその通りだ。ファンモンなんか、もう全力投球で150km/hを投げ込んできている。刺さる人の胸にはそりゃあささるだろう。だってめちゃくちゃ速いもん。ただ、ぼくたちのようにそもそものベクトルが違う人たちからすると、隣で150km/hが通過してても、うわ早っ。くらいなもんで、胸には刺さらない。なんなんだろうね。

GReeeeNのタイアップを思い出そう。ユーキャン、ランチパック、ルーキーズ、ルーキーズ(劇場版)、不動産(忘れた)、ほか。なんか共通点見出せてきたよね。基本的に彼ら、これから頑張ろうっていう人に向けて曲を書いている。ええっ、じゃあぼくの胸にも響いてよGReeeeN。だってぼくも毎日がんばろうとしてるじゃないか。

さて問題は、頑張り方のベクトルである。数学の知識は皆無に近いのにベクトルという単語を使って申し訳ない。数学は軒並み2だった。GReeeeNを聴いて自分を奮い立たせる人、back numberを聴いての人、竹原ピストルを聴いての人、いろいろいる。そんなことを考えているとなぜかぼくは、義務教育の息苦しさ、というところに考えが至ってしまった。

義務教育は、その"いろいろ"をあまり歓迎してくれない。ゆとり教育の方針的にはむしろ歓迎しなくてはいけないのだけれど、現場はそうはいかない。ゆとり教育は、みんなで手を繋いで、同じ目標に向かおう、というところに収束していた(少なくとも7年ほど前の現場はそう)。ああこういうのが、多様性というのを刈り取ってしまうんだなと思う。当時は"いろいろ"が原因で人と衝突することもよくあった。

まあまたこれも面白いのだけれど、そういった現場で推奨されるのはGReeeeNファンモンナオトインティライミみたいな音楽なのね。みんな頑張る時は、これを聴いて一緒にがんばりましょうね〜みたいな。HIPHOP聴かせてくれるDOPEな先生は残念ながらあまりいませんでした。そういう先生って、大抵異端扱いされてるのよね現場で。なんだかなぁ。

しかし、ぼくはもう大人だ。だから気持ちの奮い立たせ方はなんでもいい。アダルトビデオでも構わないのだ。ということで自由にやらせてもらおう。今はゆとり教育じゃないと聞くけど、少しは改善されたのだろうか。

結びに。ぼくはGReeeeNだと「いつまでも」と「雪の音」が好きです。メロディがいいよね。映画も少し楽しみ。