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アンダーアーマーを着たまま街に出た時に向けられる好奇の目

 久々に(本当に久々に)暇ができたので、街に出向くことに。1年半以上履き続けたadidasのスーパースターは、もうボロボロ。買い換えようと思ったけど、あのABCマートがしばらく改装中だということを今思い出しため息をついた。てやんでえ、次の休みまでどんだけ空くと思ってるのだ。お得意先変更してやる。他の靴屋行くわ。と思ったけれど、他の靴屋が浮かばない。どこにいけば良いのだ…

 いつも通りジーンズなのはいいとして、久々にニューエラのパーカーを着ている。こういう時ブランド物のパーカーは無敵だ。あんまりコーディネートを凝りたくない今日のような日でも、最低限の身なりになるから。でも気づいた。「アンダーアーマー、着てんじゃん…」

 アンダーアーマー。ずっと野球のアンダーシャツとして使ってきたこの服。今はいいパジャマだ。またバイトの際の下着等にもしばしば使われる。コーディネートには、入ってこない。見える、見えるぞ…!妙に主張するハイネックが。しかも今日に限ってマフラーを巻いていないから隠す術はない。周りの人にどう見られるんだ…

 と、1年前は思ったのだろうか。題を結論から申し上げると、そもそも誰も自分のことなんか見ていない。好奇の目を生み出す労働力をも惜しんでいるからだ。誰かとも喋ったけれど、大勢の人波に揉まれると、ふと自分という存在がぼやけることがある。すぐに復活するのだけれど。それほど、1億2000分の1は小さな存在なのだ。

 ここまでを、買い物に行く前に書いた。そして今日はえらく長い時間買い物をした。服が欲しい、似たようなのが同じ値段で2ブランド。どうしようか吟味し二往復くらいした挙句、セールまで待とうという結論。靴屋を4件くらい巡り、見つけた赤のSUPERSTAR。社会人になるまでは少なくとも履くだろう。帰りに入山杏奈さんの写真集を買って帰った。

 1億2000分の1は、今日はえらく精力的に動いた。誰の目にも、大して留まらないけれど。でも、こういった自分が「ウシシ」と思えるようなことこそが人生を豊かにすることはもはや自明のことだ。好奇の目を向けられるのは、他人から目を向けられるのは、そこに責任が伴うから。責任が伴わない、自分だけの、時にふうっと消えてしまえるような、そんな世界をもっていないと、人間は壊れてしまうと思う。久々の買い物は、「自分のため」の大切さを教えてくれたのでした。靴屋はSTEPとかがありました。